甘め物語集 ホワイトチョコレート

どちらかというと、デザイン上の資料として。物語付き。できるだけ甘い物語がいいけれど、どうなるか…。

いたずら(智×克也)

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「遅い…」

 

智に、絶対零度の声で言われ、克也はふるえあがった。

 

「すみません!申し訳ありません!」

 

「5分10分ならいざ知らず、45分…何してたわけ?」

 

「いえ!なんにも!…じゃなかった、ええっと、家で家族につかまって、その後、ええと…」

 

めちゃくちゃ動揺している克也に、智はふっと笑った。遅刻のことに関しては、それほど怒ってはいないが、度重なると、自分が大事にされていないような気がしてしまうので、釘を刺しただけ…とりあえず、克也の額をデコピンする。

 

「今回は、これで。とりあえず、行きましょ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

智は、さっさと待ち合わせの場所から、離れていく。あわててついて歩く克也には、智の後ろ姿が見える。複雑な編み込みの髪に、さらにリボンが編み込まれていて、克也にはかわいいが、謎に思える。

 

(あれ、どうやってやるんだろう…?)

 

「行かないわけ?」

 

再び、若干、低気温な声で言われて、克也はあわてて付いていった。

 

 

「えーっと、その、智、香水つけてる?」

 

声がして、智は、ショールームの写真から目を上げた。

 

「え、何?」

 

「だから香水」

 

克也が笑う。智は少し目を細めて、再びショールームの写真に目を向ける。スタイリッシュなモノトーンの色調の中に、着物の柄がはさみこまれた写真は、少し不調和で、でもそこそこ面白い。

 

「…つけてるけど、たいしたもんじゃないよ」

 

「えー!何、何?教えて、教えて」

 

智はくるりと振り返った。横目で克也を見やりながら、不思議そうに聞く。

 

「なんで知りたいのよ」

 

「なんでって…知りたいじゃん」

 

「…インカントチャーム。クロエとかじゃないからアレなんだけど…」

 

「インカントチャーム?どんな意味なの?」

 

「知らない」

 

知らないことに驚いた。普段はそれほど気にしていない。そういう、自分でも気づいていないものを気づかされる、というのは悪くない。

 

「後で調べてみる」

 

少しはにかんだように笑って、智はカバンを持ちなおす。動くたびに、克也が(いい匂い…)と思っているのには気づいていない。

 

 

 

ビリっという音で克也は目を覚ました。

 

「…?うわっくさっ。何…?どうしたの…?」

 

枕から、ただよう強烈な甘い香り。頭が痛くなりそうになり、克也は頭を振って、立ち上がる。

 

「インカントチャーム。だいぶ使った。もったいない…」

 

ボソボソとつぶやく智の後ろ姿からは、怒りのオーラがただよっている。

 

「???どういうこと?」

 

「一生嗅いでなさい」

 

不機嫌そうに言い切って、智は、着替え始める。スラリとしたワンピースを上からかぶって、着替え終わると、ちら、と克也を見やって、ちぎったものをポイと足元に投げた。その形と大きさと色を見て、克也は青ざめる。

 

「ち、違うんです…!」

 

「違うって何が」

 

「こ、これは六本木を歩いていて…!行ってません…!」

 

「へー、ほー、ふーん。で、どこまで?」

 

「ご、誤解です!って、アイタタ!」

 

後ろ手に、キュっと逆さまにねじられて、克也は悶絶する。本気で痛い。

 

「ギブ!本当に、ギブ!」

 

(私だって痛いんだけど)

 

でも、きっと言ってもわからない。心の痛むポイントは人それぞれに違うから。

 

「いーよ。もう」

 

肩を落として、智は、克也の手を離す。そのしょんぼりとした姿は、痛む手をさする克也には見えない。

 

「はー、いたかったあ」

 

能天気につぶやく克也。一瞬、智は、どうしようもないぐらい苛立ちを抱いたが、少し深呼吸すると落ち着いてきて、ホッとする。できるだけ、克也の、優しい声や手やその他もろもろを思い出そうとする。怒りのあまり、あんまり思い出せなかったけれど、少しだけ、むしろ自分のことを思い出して、智は軽く赤面した。

 

「…いい。じゃあね」

 

手を振って、智は後ろを振り返らずに、部屋を出る。

 

 

 

外は、夕焼けの空だ。ずいぶんと赤い。

 

智は、克也が寝てる間に、ネットでインカントチャームについて調べていた。インカントは魔法、魅惑。チャームはお守り。旅先での幸福のお守り、という記事もあった。本当は、克也に教えてあげたかったのだけれど。

 

「お守りかあ…」

 

赤い空の間に、ピンクの雲がたなびいているのを見ながら、智は、切なくなった。

 

守られるどころか、克也に自分を預ける、ということができない。自分の問題なのか、克也の問題なのか、それとも両方なのか、自分たちだけなのか、それともみんななのか…考え出すと、少し怖くなるのだった。頼りたい本音と、頼れない現実。守って、なんて言うつもりはないけれど、自分だけが自分を支える、という感覚が、ひどく孤独で、つい、安心したいなあ、と思ってしまう。

 

もしも、なにもかも任せて、それで、その先は…?

 

ちゃんと考えるべきなのか、考えないべきなのか、智にはわからない。未来を信じられない要因は、いったいどこにあるのだろう。過去だろうか、現在だろうか、すべてだろうか。

 

歩いていると、電車の踏切についた。カンカンという音を聞きながら、智は、音楽を聞き始める。未来は自分のもので、君も自分のもの、という楽天的な主張の音楽は、不思議と、遠くから優しく聞こえてくる。